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ニューズレター第14号(Nov.5, 2000)

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スタンリー・セイディー博士来日

森 佳子
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 音楽研究において最初にお世話になる音楽事典、イギリスの「ニュー・グローブ世界音楽大事典」(マクミラン)は、ドイツのMGG(ベーレンライター)とともに2大音楽事典と呼ばれていますが、1980年の改訂版から約20年の年月を経て、このたび全面改訂版が本年度末に刊行されます。記念事業として日本音楽学会の主宰により、同書の編集主幹を務めたスタンリー・セイディー博士の講演が、去る9月2日(土)午後2時より第二丸善ビル3階会議室において行われました。氏は、グローブの当初の目的、その後の音楽学の発展とグローブの改訂の歴史、そして新しい2000年版の大きな特色等についてお話をされました。司会はIAML日本支部支部長金澤正剛氏(ICU教授)、通訳は作曲家の清水研作氏(新潟大教授)。講演後、丸善株式会社の主催により、第一ホテル日本橋店において出版発表および懇親会が開催されました。氏の講演について簡単ですがご紹介させていただきます。


グローブ音楽辞典の歴史と新版

 

 講演は、グローブの生涯と事典編纂に至るまでの経過についてのお話で始まりました。ジョージ・グローブは1820年、クラハム(ロンドン郊外)の裕福な家庭に生まれ、音楽愛好家の母親の影響もあって幼少期から音楽への愛情と情熱を膨らませていったということです。彼はプロの音楽家にはならず、技術者として仕事をしながら音楽関係の仕事に関わり続けましたが、多くの旅や経験、人との出会いが彼の視野を広げ、そのことが彼の音楽人生にプラスになったそうです。彼は音楽関係事業の企画、執筆活動等を通じてキャリアを重ね、1870年代より本格的に音楽事典の編纂に情熱を注ぐことになるのです。しかも、1883年にはロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックの学長に就任しています。セイディー氏は、グローブの生涯を通じての音楽への愛情と知識への貪欲さが、この事典の編纂を行った精神の原点であること、そしてグローブの音楽事典は「アマチュアにも理解できる内容」を理想としていたことを強調します。
 さらに音楽学の発展に伴うグローブ音楽事典の改訂の歴史、そして今回の改訂版の特徴についてのお話が続きました。グローブによる初版は全4巻?A1878年から1890年にかけて出版されました。その後5巻に増え、1954年には全9巻の第5版が出版されています。19世紀末にグローブの編纂した時のトピックスは、ベートーヴェン、シューベルト、シューマンなど西洋の古典派やロマン派の作曲家が中心で、偏った傾向にありました。

(時代的にやむをえませんが、彼自身の好みがある程度反映している部分があるとのことです。)しかしその後の音楽学や民族音楽学の発展により、1980年の全20巻の全面改訂版においては偏りが排除され、現代的な世界的視野に立脚した事典づくりに成功したといえるでしょう。2000年版では、さらに広範囲なトピックス(美学、心理学など体系的に論じられるもの、あるいはポストモダニズム、フェミニズムなどのような思想、概念用語など)を付け加えたそうです。また今までの情報を最新の研究によって一新し、時代、地域を広げ、ルネサンス以前や20世紀の作曲家、音楽家、非クラシック音楽、非西洋圏の音楽に関する情報をさらに増やすことに力を注いだとのことです。また、オンラインでの閲覧が可能になったことが大きなメリットとして強調されました。オンライン版では、冊子の内容はもちろん、フルテキスト検索、デジタル音源へのリンクなどで多様な情報が得られやすくなリ、定期的なアップデートによって最新情報も得られるとのことです。


講演を聴いて

 アルファベット順による音楽事典(encyclopedia)の編纂は18世紀ごろから始まり、その歴史はそれほど古いものではありません。グローブは情報が得にくい時代において知識への貪欲さ、ひたむきさを持ち続け、当時としては画期的な事典編纂に大変な情熱を持って携わりました。そして現代においてセイディー氏率いる編集チームが、グローブの精神を守りつつも時代の流れを踏まえ、さらなる研鑽を積み充実をはかる努力を行いました。他にも専門的な内容の音楽事典類は各国にいろいろありますが、客観性かつ正確さを維持しつつ、音楽を起点としたより広範囲にわたる内容をなるべく網羅し、より広い対象を読者として想定しているという点で、ニュー・グローブに並ぶものはなく、その理念は現代において大変貴重な財産ではないでしょうか。そしてさらにオンラインでの閲覧によって、新たな可能性が我々の目の前に開けてきました。二十一世紀においては、グローブの時代の人間には想像もできないような驚くべき速さで情報の発信が行われるようになり、それは無限の広がりをもつでしょう。今我々は、メディアを通じて情報に大変恵まれた時代を生きています。それはとても幸せなことであり、現代人の特権であると言えましょう。

 

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NHKデータの特徴

中村 恭子 (NHKプリンテックス)
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 私が勤めているNHKプリンテックスは平成5年に「プリント・センター」から名称が変わって、NHKの関連団体の一つとして運営されています。放送用の台本制作や楽譜制作、放送記念品などの企画・販売、NHK情報業務の支援として番組の編成情報システムへのデータ入力・編集や、私の所属する音楽データ部でのデータ作成などがNHK関係の業務であり、さらに、グラビア、チラシ、名刺などの印刷や図書館・大学向けのCD・音楽データの提供、人材派遣などの事業をおこなっています。


 音楽データ部はCDのデータ作成だけではなく、NHK音楽資料室での相談貸出の窓口業務も取り扱っています。つまりデータを作成しながら、レファレンスもおこなっているのです。MARCを作成することだけが第一の目的ではなく、あくまでもNHKの放送で使用される曲選びのためのシステムを考慮に入れねばなりません。ですからデータ作成を行っていく上で、「お客様の声」を直接聞くというメリットもありますし、ユーザーに検索方法を指導したり、直接探して提供も行ないます。
 私はCD(シングル盤も含む)のデータ作成を担当しています。国内で発売されている約8割のCDや直輸入盤、稀に寄贈されるものをポピュラー・グループとクラシック・グループに分かれて作成します。ポピュラー音楽は一般的に言われている国内外のポップス音楽を始め、邦楽、落語、漫才、効果音、民謡など多岐にわたるジャンルを含むため、様々な知識が必要とされます。

 NHKのデータ作成に使用している目録はAACR2とNCR(1987)を基にNHKが独自で編集した「NHK音楽資料目録規則」です。先にも挙げたようにNHKのデータは放送番組用ということを切り離して考えることはできません。「何々の曲を探している」「誰々の演奏が必要」といったことに対応するため、基本的にはすべての曲、主な演奏者、作曲者にアクセス・ポイントをつけて検索できるようになっています。ポピュラーのデータに人名典拠だけではなく、曲名典拠を作成するのはかなり無茶で、イタチごっこのようです。作業の一つとして、同名異曲、またはその逆の整理方法が大きな問題となりますが、使用している典拠のCDがすべて残っているので可能なのです。勿論、百パーセントすっきり整理させることは皆無ですが、それぞれの名前の存在は少なくとも無視していないということになります。けれども、今のポップス音楽の曲名には普通に読めないもの、タイトルや歌詞を変えて演奏しているものも大変多く、また、人名では一人がさまざまなペンネームを持っていたりします。つまり古い情報の上に新しい情報を加えたり、典拠を整理していくために費やす時間と労力が、データ作成のうえでかなりの部分を占めています。クラシックのデータ作成でもポピュラー同様、一曲づつのアクセス・ポイントが基本ですが、整理する時間より一曲一曲の典拠作成に時間をかけざるを得ません。参考にしているLCのカタログでは、勿論細かく一曲づつ出ているはずもなく、ニュー・グローヴを始め、様々な資料を参考にしながら典拠を作成します。
 AACR2の規定では「作曲者がつけた原タイトルを用いる」とありますが、NHKでは一般的に理解のできる言語の範囲で使用しています。例えばロシア語の固有タイトルがあれば、その曲名典拠は英語にしています。ただ、資料がなかったり、オリジナル言語しかわからない場合は原綴にならざるを得ません。そうなると統一性がなくなってしまうため、英語の統一タイトルがあるものでもオリジナル・タイトルから検索できるようにしています。

 このようにして、NHK独自の目録を使用してのデータ作成ではありますが、これは、ほんの一例にすぎず、細かい工夫や取り決めは常におこなわれています。毎月、平均1350件のデータ作成に追われながら、これからもNHKのデータ作成をどのように進めていかなければならないかということを考えながら仕事に取り組んでいきたいと思っています。

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音楽図像学の新雑誌『Music in Art』 :日本特集号

秋岡 陽
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 IAMLと関連の深い団体に、RIdIM(Repertoire International d'IconographieMusicale)という、音楽図像学に関する団体があります。この団体の活動の拠点のひとつは、これまでニューヨーク市立大学におかれ、ここの音楽図像学研究センターResearch Center for Music Iconography(略称RCMI)によってニューズレター『RIdIM/RCMI Newsletter』が発行されてきました。しかし、バリー・S.ブルックの没後、このニューズレターをニューヨークで発行しつづけることに関してヨーロッパ側からさまざまな(あまり建設的とは思われない)働きかけがあったようです。いずれにせよ、1975年以来22巻を数えたニューズレターは、1997年をもって休刊を余儀なくされることになりました。
 しかし、ニューヨーク市立大学の音楽図像学研究センターでは、このニューズレター『RIdIM/RCMI Newsletter』を継承する形で、新雑誌『Music in Art:International Journal for Music Iconography』を創刊。第23巻(1998年)からスタートして、現在第24巻(1999年)まで刊行されています。さて、この新雑誌、従前のニューズレターと同様に年2回(春号・秋号)の発行ですが、内容的には従来以上の充実度で、ページ数も大幅にボリューム・アップしています。また、内容的にも大きな変化が見られます。すなわち、これまで西洋音楽にばかり偏りがちだった音楽図像学の研究傾向を反省し、非西洋文化圏の音楽図像学にも積極的に光をあててゆこう、というのです。
 今回出版された『Music in Art』の第24巻第1-2号(合併号)の巻頭で、編集長のZdravko Blazekovicは次のように書いています。「音楽図像学の『国際的』組織であることを標榜して30年、しかしRIdIMはいつも西洋の芸術にばかり心を奪われ、非西欧の文化圏の音楽図像学をないがしろにしてきました。その分類方法も、調査方法も、目録化の方法も、そして研究そのものも、日本やインドや中国などのアジア諸国の文化に対して充分な配慮をしてきたとは言えません。……しかし『Music in Art』の今回の号では、とくに楽器の図像学研究に深い関心をもつ日本人の研究者たちの論文を掲載することができました」。
 実際に目次をくってみると、今回の号の中心部分に、「日本の視覚資料にのこされた楽器Musical Instruments in Japanese Visual Sources」と題された特集が組まれており、次の3人の研究者の論文が掲載されています。Hiroyuki Minamino「European Musical Instruments in Sixteenth-Century Japanese Paintings」、宮崎まゆみ「The History of Musical Instruments in Japan and Visual Sources」、鹿島享「Depictions of Kugo Harps in Japanese Buddhist Paintings」(丹羽誠志郎訳)。ヨーロッパのRIdIMセンターが依然として西欧中心の考え方をとるなか、ニューヨークの音楽図像学研究センターでは、明確な差異化をはかりつつ新しいステップを踏み出しつつあるようです。
 なお、この新雑誌『Music in Art』は、個人年間購読料25ドル、団体年間購読料40ドル(2000年10月現在)。既刊の日本音楽特集号(Vol.XXIX, no.1-2)の入手に関する問い合わせは、以下の音楽図像学研究センター(RCMI)まで直接おねがいします。

バックナンバー購入申し込み先:
Research Center for Music Iconography
City University of New York
365 Fifth Avenue, New York, N.Y. 10016-4309
Fax 212-817-1569
E-mail: zblazekovic@gc.cuny.edu


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事務局便り

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 *情報コーナー 

★IAML Electronic News Letter

本部のNews Letterが、夏の会議中の役員会記録や来年の選挙の候補者など、最新の事務局情報としてお目見えしています。

本部URL www.cilea.it/music/iaml/iamlhome.htm の表紙から、またNews Letter だけなら本部事務長のいる http://www.library.carleton.ca/iaml/Newsletter1.htmで見ることができます。

★Conference in Perigueux 2001 info.

*会議URLが開設されました。会議予定、旅行情報など順次追加されます。
  http://www.aibm-france.org/
*報告を希望する人のための電子申込みの方法も新設されました。 これは、本部URL→ Annual conference→Call for papers for the next から可能です。
*音楽教育機関図書館部会セッションのテーマが固まりつつあります。
第1セッションは、フランスの音楽院のIT近況、コレクション紹介
第2セッションは、オーケストラ・ライブラリーとの合同セッション
*書誌委員会セッションには、国立音楽大学ベートーヴェン研究所のベートー ヴェン書誌について長谷川由美子氏が報告する準備が進められています。

★Publication Received

日本フルート協会会報 No.160,161
音楽文献目録 27 (1999) / 音楽文献目録委員会 = RILM National commitee ofJapan
 (以上藤堂)

★新刊楽譜紹介

この度、2000年11月21日にDenkmaeler der Tonkunst in Oesterreich Band152として、Johann Bernhardt Staudt(1654-1712)のMulier Fortis が出版されます。題名からはわかりにくいのですが、Mulier Fortis、つまり美しく、気丈な女性とは、当時女帝Eleonoraと比べて評価されていた細川ガラシャ夫人を指しており、これは1698年にウイーンで上演されたイエズス会劇なのです。編集はウイーン大学のWalter Passと新山富美子さん。新山さんはウイーン大学で音楽学を学ばれ、グレゴリオ聖歌の研究で博士号を授与されたかたで、このイエズス会劇を発掘して、長年にわたり研究を続けてこられました。この楽譜が多くの方の目にとまり、この劇が日本でも上演されたら素晴らしいことでしょう。
 (寺本)



 *会計報告 

*総会で会員よりご指摘のあった役員交通費が規約により、今年度より支払われます。また、発送業務やニューズレターの編集補助をアルバイトとして、今後予算化することが役員会で検討されています。
*11月半ばに次年度会費請求、及び会議参加補助基金のお願いなどをお送りします。年内入金にご協力下さい!



 ♪♪会員異動 

#新会員

 長谷川陽子
 ジャパンアーツ チェリスト

 末永理恵子(日本近代音楽館)


♭住所、e-mail adress、URL 変更

佐々木勉
佐古純子
岸本宏子

細田勉
長谷川由美子

IAML日本支部ホームページ
http://www.twics.com/~kisimoto/iaml/service.htm
(近日中に移動予定)
http://www2.neweb.ne.jp/wd/iaml

 *事務局だより   

■次回役員会
 次回役員会は3月7日に予定されています。協議・検討を希望する案件をおもちのかたがいらっしゃいましたら、お近くの役員まで直接ご相談いただくか、あるいは事務局長までメールでご連絡ください。
■事務局への連絡について
 IAML日本支部では、日本近代音楽館のご好意により、同館に事務局住所をおかせていただいております。しかし、同館には、事務局メンバーが常駐しておりません。郵便物などのチェックは遅れがちになってしまいますので、お急ぎの連絡には事務局長の電子メール・アドレスをご利用ください。